あの日私が油断したこと



観劇が毎日の楽しみだ。

実際に劇場へ観に行き、DVDやBD(以下:円盤)を買うこともあれば、動画サイトで配信される映像を観たりもする。

これが普段使っている私の観劇方法だ。



そして、世の中には観劇する手段がもう一つある。


それはライブビューイング。(以下:ライビュ)

特定の公演を中継し、その映像をリアルタイムで日本、時には海外の映画館で観られるというもの。

ライビュで上映されるのは大千秋楽のときが多く、基本的にその公演は後で円盤に収録される。


そんなライビュに私は一度も参加したことがない。

何故かって?理由はただ一つ。




映画館で観るくらいなら実際に生で観たい!!!!!!!!




もちろんライビュに行きたい気持ちもある。

その公演が円盤や動画配信になるのは時間がかかるし、キャストのコメントなどライビュ限定の映像があったり…魅力的なこともちらほら。



でも私は思ってしまう。


スクリーンの向こうにいる観客は実際に劇場で観ることが出来ているのに、何故私はそれをスクリーン越しに観なければいけないんだ!!!!それなら、それと同じ公演が何度も観られる円盤を買ったほうが良い!!!!!!


そんなポリシーがある私は頑なにライビュには参加しなかった。


でも後で知ることになる。

円盤に収録される内容が必ずしもライビュと同じ内容ではないということを。




私が観劇する中で一番多いのが2.5次元ミュージカルというジャンル。

その中のミュージカルテニスの王子様(以下:テニミュ)は、どれも欠かさず劇場に観に行くほど大好きな作品だ。


そのテニミュで、ある夏に上演された青学vs氷帝公演。(以下:氷帝公演)

主役校の青春学園(以下:青学)が、ライバル校である氷帝学園と対戦する話だ。


その時の氷帝公演は青学キャストの卒業公演も兼ねており、何より私が応援している役者が演じる手塚国光の初めての試合があって、私にとっても特別な公演だった。


1公演分のチケットを手に入れることができ、このたった1回をしっかり目に焼き付けようと意気込み劇場に足を運ぶ。



観劇した感想は、氷帝公演という作品自体がとても面白く、特に手塚と跡部景吾の試合であるシングルス1(以下:S1)は、凄く気迫があり見入ってしまった。


この公演のS1は、両チームの部長が一戦を交える。

そこで手塚は古傷を抱えた左肘をかばいながらプレーをして、無意識に左肩に負担を掛け、試合の途中で肩を痛めてしまう。

チームメイトから棄権した方が良いと言われるが手塚はそのまま続け、タイブレークの末に跡部が試合を制す。


そんな試合を観て、気付けば私も汗を掻くくらい熱中し、とても素晴らしくて何度も観たくなる作品だった。



だけど、次にこの公演を観るのはテレビの前。

それから月日が経ち、時は大千秋楽の日へ。


正直、今までで一番ライビュに行くか悩んだ。卒業する瞬間を見届けたいという気持ちがあり、初めてどこの劇場で上映されるか調べたほど。



でも私は、結局行かないことを選んだ。



Twitterでは公演の感想やレポートを投稿してくれる方がいて、公演終了後のツイートを今か今かとソワソワしながら家で待った。



そして観劇し終わった方たちの第一声が…


「凄いものを観た」


そんなに白熱した内容だったのかと思い、これはますます円盤が楽しみだなと呑気に捉えていた。


しかし、そのあとに続くツイートを見て一瞬で血の気が引いた。


「手塚が流血した!」


意味が分からなくて、すぐに色んな人のツイートを見て回ると…

どうやら試合中に手塚の額付近にラケットが接触し、そこから血が流れ出たということが分かった。


原作にそんな描写は一切無い。演出ではなく完全に事故。


それでも公演は中止せずそのままキャストは最後まで演じ続け、後に怪我は大事に至らなかったことが分かり一安心。

アクシデントがありながらも、こうしてその青学キャストたちの青春に幕が閉じたのだった。







……まって!!!!


ちょっと待って、これは円盤に収録されるの!?!?


S1に流血は存在しない。だからこそ、それがテニミュの世界に起きたらその世界が破綻してしまう。

それを果たして後世に残る円盤に収録するのか??


答えは否。私はそう思った。




そこで初めてライビュに行けば良かったと後悔する。

何で行かなかったんだろう、くだらないポリシーなんか捨てて代わりにチケットを手に入れるべきだった。


作中、手塚に向けられる「棄権した方が良い」「これ以上のプレーは危険だよ」というセリフ。

台本通りだけど、いかにも流血した役者に対して言っているようなセリフ。


これほどまでに物語やキャラクターと、役者のセリフや状況がシンクロする舞台があるだろうか。


流血はもちろんあってはならない事。

だからそれを美談にしたり、はたまた伝説の試合と言って良いかは分からない。


でもそんな瞬間が確かに存在したのに、それを見逃した自分にとても腹が立った。


「油断せずに行こう」

手塚の口癖だ。

テニミュの歌詞の中にも出てくるフレーズ。

私はこのセリフを何度も何度も劇場で聞いた。


なのに油断してしまった。




当たり前だけど、いつ何が起きるかはその時になってみないと分からない。

それは作品だけじゃなく人間にも当てはまる。もちろん自分自身にも。


方法はあるのに、それを自ら手放すことは一生の後悔になるんだってことを私は思い知った。


出来るならあの頃に戻ってライビュのチケットを取りたい。そして私も、彼らが必死で作り上げた最後の作品の全てを見届けたい。




それから3ヶ月後。


もしかしたらそのまま収録されているかもしれない!という淡くて無謀な希望を持ちながら買ったばかりの氷帝公演の円盤を観ると…

そこには希望も虚しく、綺麗に違う回と差し替えられたS1の映像があった。



再び強くなる後悔。

そして、そんな私に手塚はいつもの様に言った。



油断せずに行こう。